こんにちは。
8月にシカゴのレーベルForgot Imprintからコンピレーション”Hazy Visions”が発表されました。
Forgot Imprintは、Kagami Smile, Elegance of the Damned, Eulalieが運営しているシカゴの音楽レーベルです。
彼らはそれぞれアメリカ・イギリス・日本在住のアーティストで、今回の”Hazy Visions”はメンバーの一人であるEulalieが企画したものです。
参加アーティストは、過去にForgot Imprintからリリースを行ったりミックスを提供したりと、レーベルと関係のあるメンバーです。
LakkerのメンバーであるEomacの実験的別名義OMICや、エレクトロユニット2814のメンバーであるHKEなどが参加しています。
今回のアルバムはそうしたレーベル周辺のアーティスト8組が”Hazy”をテーマに制作しています。
Hazyとは”霞んだ”という意味で、”Hazy Visions”は先行きが見えない今の世の中をイメージした作品集。
多様な音楽性、多様なルーツと背景を持つアーティストたちの集まりですが、”Hazy”というテーマを各々が解釈した結果、アルバム全体を通して聴いた時にも一つのまとまりや流れが感じられる作品になっています。
そんな先の見えない時代に完全リモートで世界中のアーティストから楽曲を集めて作られたコンピレーション、それがこの”Hazy Visions”です。
コンピレーションの1曲目はGrill Billyenzの”Asterix”。
彼はForgot Imprintの”Forgot Mix”シリーズにもミックスを提供しており、そちらはラップを中心としたヒップホップがメインのミックスです。
Grill Billyenzはシカゴイリノイ在住のミュージシャンです。音楽の範囲に止まらず様々な活動を行っています。
2020年にはTriphopに影響を受けたアルバムMETAMORPHを発表しています。
Grill Billyenzが今回コンピレーションに提供した楽曲”Asterix”はトラックメイカーとしての彼の一面を見ることができる作品です。
視界は白く霞んでいて何も見えない、でも遠くで誰かが木を打ち鳴らしたりや鈴を鳴らしている、そんな情景が浮かぶアンビエントです。
二曲目はkm:の”mask”です。
km:は関西を拠点にしている、人の声やおもちゃ、街の音と言った日常風景の音を用いた有機的なアンビエントを中心として多くの作品を制作するサウンドアーティストです。
過去に”Forgot Mix”にも穏やかなアンビエントミックスで参加していました。
コンピレーションへの参加も数多くおこなっており、日本のAotoao labelからリリースしたCasiotoneというカシオのキーボードを使った作品のコンピレーションに参加しています。
他にもUnfinished HouseやオーストラリアのNew Leaf Inc、スペインのEl Muelle Recordsなど様々なレーベルのコンピレーションに参加し、イベントの企画も数多く行うなど精力的に活動しています。
彼のBandcampでkm:の参加作品が見られます。
彼の今回の作品”mask”は静かなビートとシンセサイザーの中に足音や話し声が聞こえてくるアンビエント。
ぼやけた視界に蠢く人影が、霧が濃くなって少しずつ見えなくなっていく。そんな風景を感じさせる作品です。
三曲目はOMICの楽曲”December”です。
LakkerのメンバーでもあるEomacの別名義、OMICによる楽曲です。
以前OMICとしてForgot Imprintからアルバム”Songs of Hope and Frustration”をリリースしています。
Eomacは彼やLakkerの名義でインダストリアルなクラブミュージックを多く作っていて、最近はBedouin Recordsからリリースしたアルバムのように、より中近東の音楽に接近した作品も手掛けてらっしゃいます。
EomacはPlanet.Muから最近アルバム”Cracks”をリリースし、それについても以前ブログで書きました。
OMICはそんなEomacが、さらにクラブミュージックの文脈から離れたことを試すための実験的な別名義だそうです。
実際このコンピレーションの楽曲”December”はテクノやダンスのようなループミュージックと違い、クラシックの楽曲のごとく流れるようにフレーズやハーモニーが組み立てられています。
ピアノの音の一粒一粒も、音が消えた後の残響も深く美しいです。
個人的に、前の”Asterix”から”mask”、そしてこの”December”という流れがとても美しくて好きです。
聞いていると眼前を覆っていた霧が晴れて視界が開ける様子を想像します。
そして4曲目はイギリス在住のミュージシャン、Sangamの”Imprinted Leaves”です。
Sangamはイギリス在住の音楽プロデューサーでForgot Imprintからアルバム”We Surrender In the Grey”をリリースしています。
Sangamは他にもPure LifeやDream Catalogueなど、Dreampunk周辺のレーベルからリリースを行っています。
Dreampunkというのはサイバーパンクやアジアの文化、レトロフューチャーに影響を受けたインターネット発祥の音楽ジャンルです。同じくインターネット発のジャンルVaporwaveとの大きな違いはサイバーパンク、そしてアンビエントミュージックからの影響の大きさだと思います。
最近有志によってDreampunkのWikiができたようで、それが細かい情報まで纏まっていてとてもわかりやすいです。記事を書く場合にも参考にさせていただいています。
今回の楽曲”Imprinted Leaves”も含め彼の作品には雨音のサンプリングが使用されることが多く、それはDreampunkのサウンド的特徴に大きく影響を及ぼしています。
ここまでの前半4曲を私が聞いた時、濃霧が晴れて静かな風景が眼前に広がるまでの一つのストーリーを想像します。
5曲目はイギリスのアーティスト、Elegance of the Damnedの楽曲”Like a Broken Branch in a Rivers Current”。
曲名を直訳すると”川の流れの中で折れた枝のように”って感じでしょうか。今までの楽曲と一転非常にダンサブルな楽曲です。
Elegance of the DamnedはDJでありデザイナーでもあり、Forgot Imprintの運営に関わる他にもレーベル”Lost in the rain of our tears”を主宰していたりと、多彩な活動を行うアーティストです。
活動は非常に挑戦的で、例えばアルバム”Corporatism”をリリースした時もゲームとアルバムを組み合わせた作品を同時にリリースしていました。
このアルバムCorporatismの楽曲はVaporwaveのサウンドに加えてアンビエント、ダブやドラムンベース 、エレクトロハウスなど様々な要素の影響が混ざり合っています。
彼の最新作”Single File”もダブステップやアンビエント、映画のようなシンフォニックミュージックなど多様なジャンルの影響を感じるアルバムです。
今回の楽曲”Like a Broken Branch in a Rivers Current”は笛のようなサウンドとサンプリングによるアンビエントが印象的な前半と、よりシンセサイザーの電子的な音色が加わってクラブミュージックの要素が強調された後半で構成されています。
それがアルバムの中で第二幕として新しい流れの始まりを感じさせるとともに前半4組の穏やかなトラックから、この次のトラックであるHKE、そしてJ.Albertのパワフルな楽曲への橋渡しを行ってくれているようにも感じました。
6曲目はHKEの”Seul Avec Moi”。女性のボーカルのサンプリングや逆再生、特徴的な音色のキックで構成された、ダブテクノの影響を強く感じさせるトラックです。
Forgot Imprintから以前リリースしたアルバム”I Am”も同じくパワフルな、ダンスやクラブミュージックの影響を大きく受けた楽曲が収録されています。
HKEはソロとしてもユニット2814としても元々アンビエント色の強い作風で有名なのですけども。
最近のHKEは繊細なアンビエントミュージック以外にもダンスやヒップホップ要素が強いもの、歪んだサウンドを使用した楽曲など新しい挑戦を数多く行っています。
そんなHKEの作品は今回の曲”Seul Avec Moi”も含めて、激しいサウンドやシニカルな作品を作ってもどこか内省的なムードが漂っていて、そこが彼の持ち味であり、Dreampunkシーンに影響を大きく与えた核の部分なのかなと思います。
そしてこの”Seul Avec Moi”からつながる次の7曲目であるJ.Albertの作品”freak instruments”
J.AlbertはNYブルックリンに拠点を置くプロデューサーで、Forgot Imprintから以前Sootというアルバムをリリースしました。
J.AlbertはThe Trilogy TapesやHypercolourなどのレーベルからリリースを重ねるミュージシャンであり、レーベルExotic Danceの主催でもあります。
彼はダンスやクラブミュージックを数多くリリースしていますが、”Deepstate Riddim”のようにリズムで遊ぶ実験的なトラックも作っていたり。ミニマルでビートに特化した作品”Untitled”をリリースしたり。非常に作品の幅が広いアーティストです。
今回の参加楽曲”freak instruments”はそんな彼によるレフトフィールドなダンスミュージック。非常にパワフルな低音と跳ねるようなリズムの運び方が特徴的なエレクトロです。
そして最後の8曲目、Eulalieの”Farewell”です。
コーラスとサブベースをメインにしたアンビエントです。前のJ.Albertの低音を受けつつ、前半のGrill Billyenz、km:のアンビエントに再び空気を戻していくような作品です。
Eulalieは日本語詞をメインとしたボーカルとアンビエントやハウスに影響を受けたエレクトロミュージシャンで、以前Forgot Imprintからアルバム”Sleep & I’ll Be Decent”をリリースしています。
Eulalieはこのコンピレーションの企画者でもあり、Farewell=お別れというタイトル通りコンピレーションの後書きのような曲です。
以上こちらの8アーティスト、全8曲によるコンピレーションです。
こちらのHazy Visions、アナログレコード化のためにQratesというレコード作成サイトでクラウドファンディングも行っています。
日本向けにもクラウドファンディングをやっています。
クラウドファンディングで目標を達成できた場合のみアナログレコードでリリースされます。
アルバム一曲一曲としても、全体を通して聞いた時も、すごく好きな作品です。
デジタルのリリースだけでなく、形に残す価値があるアルバムだと思います。
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そんな布教をしつつ今日はここまで。
読んでいただきありがとうございました。
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