Renjā ”Pariah’s Tears” – 切ないハッピーさ、回顧する幸せ。

こんにちは。非常に暑いですね。暑いだけでなく台風まできてどうしようかって感じです。

そんな気候に負けないように、今日は8月6日リリースのRenjāのアルバム、"Pariah’s Tears"を聞いていました。

メロウでどこか懐かしい雰囲気を纏った作品です。お酒飲みながらゆったり聞きたいアルバム。

アルバム全体を通してレトロなゲームのような8bitシンセの音色が特徴的です。

かと言って典型的なチップチューンみたいに全ての音を8bitサウンドで作っているのではなく、深く奥行きのあるアンビエントと合わせているのがすごくいいなあと。

私のお気に入りは4曲目のdaimonionと7曲目のrigor mortis。
daimonionは、音の抜き差しや音色の変化で作られる展開がすごく綺麗。
rigor mortisはうっすらとグリッチがかけられているシンセがアナログチックですごく好きな感じだし、効果音的な細かいビートも気持ちいい。テープストップみたいな終わり方も素敵。Extendedバージョンとかあったら延々リピートしちゃう。

Renjāさんの過去作を聞いていると、素材一つ一つが生々しい感じというか。
サンプリングを多用したアンビエントからVaportrapみたいなのから、いろんなことを試してるアーティストさんという印象がありました。

あとSangamさんとコラボやったこういうのとか。

雨音のサンプリングはDreampunkの定番。

私も全部のリリースを追えているわけではないですけども。そういう今までのリリースを踏まえて今回のアルバム"Pariah’s Tears"は、アルバム全体を通して一つの世界を作っていくという意志を一際強く感じました。

今回の”Pariah’s Tears"、14曲のフルアルバムなんですが一曲一曲が短めで、2分程度の長さの曲が大半を占めています。
短い曲がアルバムという大きな流れの中で曲が短く切り替わっていく感じがすごく気持ちいい。

作品全体に共通する匂いがあって、その中で曲ごとに新たな展開を作っている感じ。非常に聴いていて浸れます。

タイトルにもあるPariahは追放されたものという意味らしく、聴いているとどこかフィクションの世界を旅している気分になります。

そのとき想像する世界がディストピアめいているのは、この前友達にオススメされたゲームOneshotの影響だと思うのですけれど。

他にもVA-11 Hall-Aだとか、アンリアルライフだとか。ドット絵を使った2010年以降のパソコンゲームっていろいろありますよね。いいよね。

鬱ゲーとまでは言わないけど心からハッピーといいにくい作品ばかり挙げてしまいました。大抵世界が滅びかけ。

どうも私の中でディストピアっぽいファンタジーな世界観とドット絵が深く結びついているのです。そういう作品実際多い気がする。

そしてこれらの作品からもこのアルバム"Pariah’s Tears"からも、ゲームと音楽という違いはあれど新世代が行うリバイバル特有の雑食さを共通して感じたり。

アルバムで全編通して使われているシンセサウンド。昔のゲームソフトが内蔵音源を使うようなものではなく、どんな音でも出せる時代にあえて選ばれた8bitサウンド。

同様にさきほど挙げたゲームもどれも最近のものなので、スペックの制約でドット絵を選択したわけではないと思うのです。

8bitやドット絵といったものをおそらくリアルタイムで体験していないだろう世代が、それを懐かしさを演出する素材として作品に取り入れてるっていうのがすごく面白いなあと。

このアルバムは限定盤としてカセットも販売しているのですがこのカセットっていうのも同じですね。おそらくRenjāさんの年齢は20代くらいだと思うんで、カセットとウォークマンのセットがスタンダードだった時多分生まれてないと思います。
だから"昔カセットすごくハマってたなー懐かしいなー"って経験は持ち合わせていないと思うんですけど、それでもカセットでリリースする。過去がないのに懐かしい。懐かしいものだけど新しい。面白いですよね。

実際Renjāさんのカセットはとても可愛い。

そしてなぜ今の時代に8bitサウンドやドット絵を用いた作品が生まれるのか。

何で私はドット絵ゲームが好きなのか。

パソコンがあればどんな音をどれだけでも重ねられるのに。
下手したら現実よりリアルな映像のゲームなんてのも出てきているのに。

ファイルサイズの許す限り、デジタル作品は何でもできるようになりましたが、作品の画質や音質があがるほど動かすゲーム機やPC、スマートフォンに要求されるスペックも大きくなるわけで。
ハードウェアが進化すれば作品もより大規模なものが開発されるわけで、必要なスペックと容量と開発費が上がり続けるスパイラルです。

加速する発展に終着点はあるのか。そもそもこれ以上進歩を望んでいいのか、今のままで十分幸せなんじゃないのか。そう思ったとしてもこのイタチごっこを止めることはできなくて。考えだすと不安になってくる。

そう言った技術が進歩していくことへの不安も、レトロでローファイな世界への回帰を後押ししているんじゃないかなと私は思うのです。

持続可能な生活を考えることが当たり前の世代。いずれ資源は枯渇すると言われ続けた世代。
先が見えない時代に生き、新しくやってくる日に対して手放しに喜べなくなった世代。

そうした世代が過去を振り返り、未来を眺めながら作り続ける音。そういうものが今の時代の音なのかもしれません。

なんてちょっと感傷的になりつつ今日はこれまで。

読んでいただきありがとうございました。

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